レシピエントの手術・術後経過
移植手術が長時間にわたるため、手術終了後は(通常は翌日まで)人工呼吸のもとで眠ったままの状態でICU(集中治療室)において管理します。麻酔から覚めて呼吸の状態が良く、その他の合併症もなければ、手術の翌日に人工呼吸器をはずしご自身での呼吸に移行します。ただし劇症肝炎の方では麻酔から覚めるのに2日ほどかかることもまれではありません。
術前に黄疸が強かった方は、この時期に白目の黄色みが減って白っぽくなってくることに気づかれます。お腹のキズは大きいので、その痛みがあります。あるいは、エコーなどの検査が頻繁に行われたり、また、いつも看護師や医師がそばにいて落ち着かなかったりと、大変な時期でもあります。
移植後1週間の経過が順調であれば、一般病棟に移ります。この頃から食事が始まり、室内の歩行もはじまります。この時期は、移植という大きな手術のあとで身体の抵抗力が落ちているところに、さらに、免疫抑制剤を多く用いますので、細菌、真菌(カビ)、ウイルスなどに対する抵抗力が弱い時期です。また、手術に関連した合併症も多くがこの時期までに発生します。
肝臓が新しい環境に適応するまでに時間がかかる場合には、手術後しばらく黄疸が続いたり、1日何リットルもの腹水が続いたりすることもあります。これらの症状は、病気の肝臓によって起こっているわけではなく、多くの場合は、やや小さい肝臓が、新しい環境と闘っているために起こるもので、多くの方で、次第に回復していきます。不安定な時期を経て退院するまでの期間は、手術から2から3か月です。その後自宅療養をして、社会復帰には半年程度かかることが多いようです。
肝移植後の患者さん(レシピエント)の合併症
移植手術のあとに、合併症が起こる可能性があります。
一般的な合併症
- 無気肺・肺炎
- 上腹部の手術で頻度が高い合併症は無気肺や肺炎です。その予防のためには痰を出したり、深呼吸をしたりすることが重要です。手術前に「呼吸訓練」を行ったり、創の痛みを和らげるために鎮痛薬(痛み止め)を使い、援助していきます。
- 出血
- 手術中の剥離面あるいは肝切離面から術後に出血することがあります。出血量が多い場合には再開腹し止血術を行う必要があります。
- 腹膜炎・腹腔内膿瘍
- ドレーン(おなかに入っている管)からの感染などにより腹膜炎を起こすことがありえます。感染をコントロールできない場合には、再開腹が必要となることがあります。
- 胃・十二指腸潰瘍
- 精神的・肉体的ストレスにより胃十二指腸潰瘍を発症することがあります。術後には抗潰瘍薬を投与し予防に努めます。
- 食道静脈瘤破裂・胃静脈瘤破裂
- 術前から食道静脈瘤や胃静脈瘤がある方では、手術中に肝臓を摘出して新しい肝臓を植えるまでは、門脈圧が高くなり、破裂することがあります。また、術後も何らかの原因により門脈圧が高くなるような場合には、破裂することがあります。
- 末梢神経障害
- 手術中の体位や圧迫により上肢(腕)あるいは下肢(脚)に末梢神経損傷を来すことがあります。程度はさまざまですが、あっても多くは一時的なものです。ただ治癒までに6ヶ月近くを要した経験があります。この症状が利き腕におきると字を書いたり食事をしたりするのに困難を感じます。手術中の神経への圧迫を避けるよう努めています。
- 嗄声(かすれ声)(半回神経麻痺)
- 全身麻酔の際の挿管(人工呼吸のための管、手術中に用います)により声帯を動かす反回神経の麻痺が起こることがあります。軽症では、声がかすれる程度ですが、ひどいときには、食事の摂取の際に、むせたりすることがあります。重い場合には治癒までに6ヶ月程度かかることがあります。
- ICU症候群・拘禁症候群
- 術後早期にはICUあるいは個室で治療をおこないますが、術前から存在する様々な不安や不眠などのために、幻覚や幻聴が現れることがあります。通常この症状は一過性のもで、病気が軽快し、体を良く動かせるようになると治ることが多いです。
- 創感染
- おなかの創に細菌感染が生じることがあります。また、感染が無くても皮下脂肪が融解する(融けてしまう)事があります。このようなとき、創が開いてしまい、その治癒に時間を要したり、創が汚くなったりすることがあります。
- 腹壁瘢痕ヘルニア
- 閉腹(手術の際にキズを閉じたところ)した腹壁の筋肉の一部分がうまくつかないことがあり、その結果脱腸になることがあります。皮膚が開いてしまうわけではありません。腹壁の一部が飛び出し美容上なども含めてに問題になりますが、多くの場合、生命には影響はありませんが、治療は再手術となります。
- 腸閉塞
- 手術操作に伴い、お腹の中に癒着がおこり、このために腸閉塞が生じることがあります。多くの腸閉塞は絶食と胃管による腸内容の吸引で軽快します。しかし、血流障害を起こしたり、なかなか改善しなかったりする場合には再手術が必要です。これ以外の合併症が術後時間経過と共に起こらなくなるのに対し、腸閉塞は術後年月をおいてから発症することもあります。手術後早期の暴飲暴食は避けて下さい。
肝移植手術に伴う合併症
- 血栓症
- 吻合した動脈、門脈、肝静脈が術後早期に閉塞することがあります。多くは血栓症によるもので、この予防のために出血等が無い場合には抗凝固療法をおこなっています。一旦発症するとそのままではグラフト機能不全をきたして、生命に危機をおよぼす重篤な状態となります。従って、発症した場合には緊急手術を行い血流の再開を試みる必要があります。
- 消化管出血
- 潰瘍、静脈瘤破裂以外にも、小腸と小腸のあるいは胆管と小腸の吻合部から、あるいは感染症が原因で出血したりすることもあります。
- 胆汁瘻
- 術後肝切離面から胆汁が漏れることもありますが、さらに、胆管と胆管あるいは、胆管と小腸の吻合部から胆汁が漏れることもあります。
- 胆管狭窄
- 胆管と胆管あるいは胆管と小腸の吻合部に狭窄を来すことがあります。肝機能の異常を伴うことが多く、この肝機能の異常は狭窄部が改善するまで続きます。
- 胆管炎
- 胆道再建に胆管と小腸の吻合を行った場合、胆管から腸への出口の括約筋がなくなるので、腸の内容が胆管への逆流しやすく、便秘や腸蠕動の異常などで胆管炎を起こしやすくなります。
- 無機能グラフト
- 脳死移植では移植した肝臓が機能しないことが5%程度あると言われています。生体肝移植での頻度は脳死肝移植よりも低いと考えられています。ただし、移植されるグラフトが患者さんにとって極端に小さいときや、ドナーが脂肪肝の時には起こる可能性があります。
- 黄疸の遷延、難治性腹水
- 移植されたグラフトが本来必要な量よりも少ないことにより、移植後に黄疸が遷延したり、多量の腹水が長期間持続したりすることがあります。
移植に伴う合併症
- 拒絶反応
- 術後一カ月以内に急性拒絶反応が半数近くの方におこりますが、多くの例では免疫抑制療法の強化により軽快します。三カ月以降になると慢性拒絶反応が発生することがありますが、これは難治であり再移植を必要とすることが多いとされています。
- 感染症
- 免疫抑制を行うため移植後は感染しやすい状態であり、細菌・ウイルス・真菌などの様々な感染症を合併します。抗菌剤等が良く効くものもありますが、一部のものは極めて治療抵抗性で、移植後の死因として最も多いのが感染症です。
- 使用する薬剤(特に免疫抑制剤)の副作用/dt>
- 腎障害、肝障害、高血圧、糖尿病、皮膚障害、神経症状等が出現することがあります。
- 悪性腫瘍の発生
- 免疫抑制の使用に伴い移植後の悪性腫瘍の発生率が一般の人より高いとされています。